お部屋

日本文化の総合演出を目指し「禅の精神とお茶の心を基とする料理」をお楽しみいただくために、
明治より代々受け継いだ建物を生かし改めた空間を造り、
旬の素材の持ち味を大切にした会席料理とともに、四季折々の風情をお楽しみください。

七宝の間

(しっぽうのま) 8~45名様

七宝の広間をはじめ、灯の間、楽浪の間、桂の間の小間三室をあわせた四室は、かつて俳優・森繁久彌さんが演じた「大工一代」「大工太平記」のモデル、平田雅哉棟梁に造っていただいた建築です。
座敷の南北に庭園があり、南側は初代と二代目の合作の池園、北側は現老主人の作庭です。北側の庭の洲浜は茶道武者小路千家家元有隣斎宗匠好の風炉先屏風と国宝平家納経の洲浜を参考に作庭しており、造園の泰斗と名高い重森三玲先生に絶賛されました。

灯の間

(ともしびのま) 2~6名様

平田棟梁設計の小間三室の中で、最も庭園眺望のよい座敷です。この座敷は玄関に近い桂の間を寄付とし、前庭を露地として庭に利休形手水桶を置くことにより、広間の茶室としても使用出来るように造っております。床脇書院の摺り上げ障子及び壁面に取り付けた座敷の名称ともなる桐一枚板の丸い大きな照明器具は老主人のデザインによるものです。真ん中を丸みのある行灯とし、その周囲に本金と青金の砂子で灯の火影を表明しています。

楽浪の間

(さざなみのま) 2~4名様

楽浪という名称は、古くは近江の呼び名であり、また志賀の枕詞でもあります。この座敷は招福楼の中で最も軽快で肩の凝らない座敷です。御家族の気楽な御食事などに喜ばれており、縁側は茶室半庵での茶事の外腰掛にも使用されます。

桂の間

(かつらのま) 2~6名様

小座敷の中で最も特長の多い座敷です。縁側に属する吹抜けの障子は、茶室小堀遠州孤逢庵・忘筌席写しの吹抜けに倣ったものです。建築の際、正形ではない形の天井に黒部杉の片木(のね板)を張るのは熟練の棟梁でも一苦労だったようです。

久楽の間

(くらのま) 2~12名様

招福楼の中で最も古い座敷で、約140年前に古い土蔵を移築しその下を座敷に改めたものです。全く真の座敷で、最も格調高い部屋です。襖張の床や欄間の色調等は老主人の意匠であり、更に古い明治初期の前庭は作庭家・重森先生のお言葉に依れば「近江独特の造りで、現在では造る人も無く、大切にして欲しい」とのことです。

瓢箪の間

(ひょうたんのま) 4~12名様

この座敷は建築道楽と云われた初代が、大工を連れて京都等を見廻り造った建築で、二方に池園を廻らした日本人の好きな池上の座敷となっています。照明は大正後期までは重厚なシャンデリアでしたが、老主人の幼少期に二代目が瓢箪形の照明(一種のシャンデリア)に改め、その故を以って、席の名を瓢箪と致しています。

茶室 不識軒

(ちゃしつ ふしきけん)

この席は元は寄付であったのですが、平成17年に当代主人が表千家の反古張の席を参考に土庇を付けて、手水も使えるようにし、庭園の飛石等も少々主人が変更し、正式の茶事が出来るようにした茶室です。

茶室 半庵

(ちゃしつ はんなん)

この席は老主人が30数年来、一生の内に写したいと願心を懸けた金森宗和公好の大徳寺真珠庵庭玉軒倣の茶室です。この席は庭玉軒のみでなく、官休庵祖堂の土庇と半宝庵の躙(にじり)口を取り入れて主人自ら永年をかけて設計しております。
※1990年(平成2年)完成